2016年12月20日火曜日

オスプレイ事故から見える「国家安全保障会議」と「遺憾である」の無意味さ

今月13日夜に名護市安部の海岸で墜落して以降、
飛行を停止していた米軍普天間飛行場所属のオスプレイが
19日午後1時58分、宜野湾市の普天間飛行場を離陸し、
飛行を再開しました。
沖縄県は翁長知事筆頭に県民から抗議の声が相次いで
います。基地移転に関しての反対運動はともかく
今回は抗議する沖縄県は当然で納得している内閣が異常です。

昨日の呟き「「遺憾である」と言うだけは、時代遅れ」は
まさに今回あてはまります。
今回の事故後、まさに安倍総理は「大変遺憾」と述べていました。
これでアメリカに舐められたようなものです。
アメリカ軍は17日朝までに壊れた操縦席の部分を回収しました。
海上保安本部は事故原因の究明のためアメリカ軍に対し任意で
機体を調べるなどの捜査協力を求めていましたが、結局相手に
されないまま飛行再開となります。
せめてアメリカ軍が検証しているところに
国家安全保障会議の代表として防衛大臣が加わるか
国家安全保障局から誰か派遣して、国家安全保障会議で
情報を共有できる環境にしてほしかったところです。
ただアメリカ軍からの説明を聞いて納得したから
菅官房長官が「理解できるものと認識」と言っていては
沖縄県民でなくても到底納得できません。

そして今回の件が発端となって最悪普天間移設が
中断されてしまうシナリオも見えてきました。
また中国などの他国から日本が言う「遺憾である」の値打ちが
下がったことも事実です。