2015年9月11日金曜日

大阪市港区における水害対策施設

昨日の続きになりますが、私の住む港区の高潮や
津波に対する水害対策についての補足です。
港区大半は市街地と比べて2メートルほどかさ上げ
していることはご紹介しましたが、かさ上げしていない
内陸部を守る施設として「水門」があります。
港区は北側を安治川、南側を尻無川という河川が
流れており、それぞれに安治川水門、尻無川水門が
設けられ、海からの高潮を内陸に進入することを
防ぐ役割をしています。
下の画像は尻無川水門の外観です。
































この巨大な鉄の塊がどうやって海からの津波や
高潮を防ぐかはWikiペディアの画像をご参照
願います。













































南海地震で港区までたどり着く津波が3メートル
から4メートルと予測され、この水門はそれ以前
の1970年に完成したものではありますが、高さ
4.3mで一応対応しています。

次に防潮扉の画像です。


















大阪港中央突堤の防潮扉の画像です。
普段はこのように横に格納されています。
海からこの防潮扉を越えると、下り坂になって
そのまま「みなと通り」になります。
































画像がアップすぎるので引いてみましたが、
南港へとつづく咲島トンネル入口のコンクリート
フェンスが邪魔でみなと通りまではここから
見えません。















しかし咲島トンネル入口を横から見ると、
水門と内陸に高低差があり、防潮扉から海水が
流れ込むとたいへんなことになることが想像
できます。















定期的にこれらの施設は市が試運転をしており、
万一の場合は使用できる状態にあります。
いずれも完全に閉じるまでには40分から50分
かかりますので、特に津波の場合は、迅速な
行動が必用です。
また、我々住人もこれらの施設をあてにする
のではなく、普段からの準備が必用なのは
いうまでもありません。

2015年9月10日木曜日

鬼怒川堤防決壊

台風18号に伴う影響で、関東地方が大雨に
見舞われています。日光、鬼怒川温泉の旅館
の被害につづいて、茨城県常総市の鬼怒川の
堤防決壊で、周辺地域が大洪水となりました。
各テレビ局も速やかに緊急生中継となり、
自衛隊の救助活動の様子が生中継されました。
この大災害の状況下で、どの住民から救出する
かを判断して、迅速にひとりひとりを救助する
姿には敬意を表します。

堤防が決壊して川の水が溢れ出すということは
水位よりも低い地域であるということです。
増水して水位は上がっていたにしても、あの勢い
で水が流れ込んでくるというとは、普段の水位と
居住区域の高さはほぼ同じであったと思います。
普段は川幅も多少雨が降ったところで堤防まで
水が流れることはなかったと思いますが、普段の
管理の悪さは否めません。
また居住する人々もこのような事態はないと、
危機感がなかったことも事実だと思います。

しかし、それは私にもあてはまると思います。
「実は市街地より津波に強い」でコメントした
ように、過去の台風被害から盛土をしているので
津波想定水位が3.5mとなっており、家の一番
高いところにいれば助かる計算になります。
















この写真からは2メートル近い盛土に見えます。
しかし、盛土された部分も海抜0.8mということを
最近知りました。
つまり0m地帯が水害にあったから盛土したと
思い込んでいたことが、実は盛土前(写真右側)
はマイナス地帯ということです。
大阪市でも港区の場合はコンクリートと水門で
ガードしていますが、周辺の此花・西淀川区は
阪神大震災時の堤防の一部ひび割れが放置
され、大正区は港区のような盛土のなされて
いない部分が多いので水が流入した場合は
かなり具合が悪いようです。

今回の河川決壊で被害を受けた方々にお見舞い
申し上げるとともに、私も含めて被害を
受けなかった人も、あらためて自分の住む地域
の特性と、万一の対策を考える教訓となったと
思います。

2015年9月9日水曜日

ユーミンのお気に入りベスト3

1972年荒井由実「返事はいない」でデビュー後
松任谷正隆と結婚し、松任谷由実と名乗り活躍
する日本を代表する女性シンガー、通称ユーミン
は皆さまご存知のことと思います。

私も1975年ラジオで「あの日に帰りたい」を
聴いてから、大好きなアーチストとなります。
長さだけでいうと、1977年から聴きはじめた
「オフコース・小田和正」、1978年から聴き
はじめた「サザンオールスターズ」「矢沢永吉」
よりも長くナンバーワンです。
今日は私の中でユーミンサウンドのベスト3を
ご紹介します。

3位「ナビゲーター」
1977年11月5日発売EPレコード「遠い旅路」の
B面です。
当時三菱電機「ダイヤトーン」のCMソングとして
人気ドラマ「太陽にほえろ!」の合間でよく聴き
ました。
「おかしすぎて涙が出る 今が嘘みたい」という
フレーズに、いつかそういう「今」が自分にも
訪れてほしいと思い続けて今に至っております。

2位「『いちご白書』をもう一度」
「あの日に帰りたい」からのファンと言いましたが、
その曲の2か月前1975年8月1日発売の曲で
歌っているのは「バンバン」というフォークデュオ
です。
実際は9月ごろからラジオで聴くようになり、その
秋冬はヘビーローテーションでした。
この曲を契機に「学生運動」について知り、日本の
戦後の歴史を少し勉強した記憶があります。

1位「あの頃のまま」
1981年発売のこの曲はブレッド&バターという
フォークデュオグループへの提供曲です。
大ヒットしたわけでもありませんが、ラジオで聴いて
以来、10年近く頻繁に聞いていました。
「いちご白書」同様にユーミンの曲とわかったのは
好きになったあとの話です。
 For my self 幸せの形にこだわらずに
 人は自分を生きてゆくのだから
のフレーズは自分の人生を左右する1曲だと
いっても過言ではありません。

こうして見ると「ユーミン」というミュージシャンの
懐の深さが垣間見えます。
「海を見ていた午後」「埠頭を渡る風」「VOYAGER」
「リフレインが叫んでる」などユーミン自身が歌う歌
も名曲はたくさんありますが、このベスト3に象徴
されるように、他のアーチストに提供した曲にも
同じくらい名曲がたくさんあります。
アニメ好きの私としては「たまゆら」の主題歌として
2011年坂本真綾がリリースした「おかえりなさい」
も、心やすらぐ1曲でした。
また小田和正ファンとしては1985年に小田和正、
財津和夫と共同で制作、リリースした「今だから」は
かけがえのない1曲です。

還暦を過ぎたとはいえ、ユーミンのキャパからして
まだまだ名曲をリリースする期待をしてもいいと
私は思っています。
ぜひこのベスト3を超える曲を聞きたいと願います。

2015年9月8日火曜日

渋谷駅周辺再開発

45年前の1970年、大阪で国際万国博覧会が
開催されていたころ、都市の規模としては東京と
大阪はそれほど大きな差はなかったと思います。
その後大阪が人口減少にあえぐ中、バブル崩壊
後に東京の一極集中が浮き彫りになってきます。
その象徴となる街が「渋谷」だと思います。

IT時代の創成期はアメリカのシリコンバレーに
対抗して「ビットバレー」と称されIT企業が集積
する反面、渋谷109に代表するような女性の向け
ファッションの牽引をして、銀座や池袋を超える
ブランドを得ました。

しかし、そもそも渋谷と言うほどの谷間の街
であるため、渋谷駅周辺はそれほどスケール
が大きいわけではありません。
そんな中注目されているのが、渋谷駅周辺の
再開発です。昔、私が渋谷駅を不便に思ったのは
「東急渋谷駅」と称しながら、東横線は地上駅で
田園都市線は地下鉄乗入れのため地下駅に
なっており、切符売場や改札の場所が違い
はじめてだとわかりにくいところでした。
JRで訪れる際も、山手線だといいのですが、
埼京線だととんでもなく歩かなければならない
不便さがありました。

すでに東急東横線は地下鉄副都心線との
乗入で地下に駅が移設されていて、空きに
なった東横線の渋谷駅跡にこれからJR埼京線
の渋谷駅が移設されるそうです。
そのうえでさらに高層ビルを建築するそうですが
新宿駅や池袋駅に比べて、乗換えが不便で
混雑するイメージの渋谷駅で、これ以上人の
流入するスペースを設けて大丈夫なのか心配
です。

JR、東急、京王、東京メトロの相互乗換が
簡単に、スムーズに、込み合うことの無いよう
配慮したうえで、新しい施設を考えてほしい
ものです。
とあるサイトでは東急田園都市線と東横線の
最短の乗換方法と、混雑をさけて迂回する
乗換方法が説明されていましたが、新しく
再開発した駅でどうして迂回して乗り換えるのか
まったく意味不明です。

2015年9月7日月曜日

女子高生水着撮影会が違法だとする解釈

「JKビジネス」愛知県で「水着撮影会」摘発
というニュースをネットで見かけました。

愛知県の条例の条文では
『店舗を設けて、客の性的好奇心をそそる、
水着、制服等を着用した人の姿態又は着衣内の
下着を客が見ることができるような人の姿態を
客に見せる役務を提供する営業』と書かれて
いるそうです。
『客の性的好奇心をそそる』といった要件が
付加されているためプロカメラマンの撮影をも
規制する趣旨ではないというのが、弁護士の
見解です。

女子高生の水着や下着を見たい人が客として
直接写真を撮影会で撮影すると条例違反ですが
プロカメラマンが撮影した場合、プロカメラマン
は女子高生の水着や下着を見たい客ではないので
条例違反ではないというのです。
しかし、これは「カメラマン」という職業を
擁護しているだけで、現代社会において苦しい
見解にしか思えません。

たとえば15年前は映像を編集してアップロード
することはプロの映像技術者しかできません
でした。しかし今や誰もが映像を撮影、編集、
アップロードできる時代になっています。
おかげで、飛行機墜落などの事故現場や、
竜巻などの自然災害のニュースを視聴者撮影の
動画で見る機会も増えてきました。

結局プロのカメラマンも「客」のために撮影している
わけですから、直接撮影するのか間接的に撮影
しているのかの違いです。
撮影されるほうも同様です。
アイドルといっても個人がブログで「ネットアイドル」
と言ってしまえば「アイドル」であるという時代
日常撮影をされている女子高校生なのか、たまたま
その日はじめて撮影される女子高校生かの違いで
しかありません。

もちろん撮影会ではないところで、素人の水着
や下着の撮影会はよろしくないと思います。
しかしプロだからアマチュアだからということで
法律を解釈することは、ボーダーレス社会に於いて
すごく苦しい言い訳ではないでしょうか?

2015年9月6日日曜日

道頓堀川

昨日の呟きで登場した「道頓堀川」の現在の
様子をお伝えします。
「とんぼりリバーウォーク」と名付けられた
道頓堀川の遊歩道は、湊町リバープレース
から堺筋の日本橋にかけて造られています。

とんぼりリバーウォーク

とんぼりリバーウォーク

とんぼりリバーウォーク
















周りがネオンで彩られたビルに囲まれている
ので、魅力ある景観なのかもしれません。

















通常「えびす橋」から撮影するグリコの看板も
この位置からですと橋と看板を両方おさめる
こともできます。
道頓堀のドンキ
















遊覧船乗り場
















えびす橋から見えるドンキホーテの前に道頓堀
川を船から眺める観光船の乗船場があります。

2015年9月5日土曜日

天保山運河

天保山運河

















阪神高速天保山ランプと天保山ハーバービレッジ
の間に千舟橋という橋がかかっています。
この下を流れるのは川ではなく「天保山運河」と
いう運河です。当時日本有数の貨物を取り扱った
大阪港の突堤を通らず内陸部を船で通るため
のものですが、今や水の都ではありませんので
パトロールをする小型船舶以外ほとんど利用は
なく「運河」と言われてもピンときません。

地図では「天保山運河」と表記されていますが
今日時点でウィキペディアの「日本の運河」に
天保山運河の名前はありません。
道頓堀川ですら「運河」と認めてもらっているのに
少し不思議な感じです。

天保山運河を認知してもらうためには、道頓堀
のように川の両岸に遊歩道を設けて、もっと
地域の人や、遊びに来る人に対して、親しみの
ある運河にすることが大切だと思いますが、
大阪市街区域の河川開発が優先されている
現在では、橋下市長のいう湾岸区にあたる
区域の開発は夢のまた夢ということでしょうか?

天保山運河