アイドルについての個から集団の変化はいつ
起こったのでしょうか?
1962年自ら指導していた少年野球チームから
結成された「ジャニーズ」4人でした。
1965年の紅白歌合戦出場まで上り詰めますが
今の集団アイドルとは少し立ち位置が違うように
思います。
1966年ビートルズが来日したのち、そのコピー
バンドともいえるブーム、所謂グループサウンズ
の時代が到来します。アイドル的とはいえ
これも現在のような集団アイドルとは少し異なる
と思います。
キャンデーズ、ピンクレディーといったユニットは
当時の女の子は歌いたくても人前でひとりで
歌うのが恥ずかしかった時代背景からヒットした
ところから、これらも集団アイドルとは言えません。
今の流れの始まりは1985年、奇しくもAKB48
をプロデュースする秋元康氏が若き日に
プロデュースした「おニャン子クラブ」とするのが
適当だと思います。
実は、おニャン子以外にも、この頃集団美少女
グループは多数存在しましたが、アングラ的な
もので、例えると、芸能界がプロ野球とすれば
地方の独立リーグプレーヤーのような存在です。
ただ、当時一世を風靡したおニャン子クラブも
1987年には解散する流行的なものに終り
ました。
このまま集団アイドルの灯を消さなかったのは
男性7人のアイドル「光GENJI」です。
彼らも短命ではあったものの、1988年
年間シングルチャートベスト3を独占し、その後の
1990年代SMAP、TOKIO、KinKiKidsと
ジャニーズアイドルの地位確率の橋渡しをします。
そしてターニングポイントは1997年某テレビ番組
の「シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション」
です。番組ではオーディション裏側を曝け出した
ドキュメント放送をしており、優勝者決定後に
優勝を逃した5人にスポットを当てていきます。
この5人に過酷な指令を出しクリアできれば
オーディション失格者ではあるものの、デビュー
させるといういわば「敗者復活戦」という当初の
企画から外れた番組展開になったものの
視聴者の応援が過熱して誕生したのが
「モーニング娘。」でした。さらに番組は1998年
デビューシングルがヒットするとさらにオーディション
でメンバーを追加して8人にします。
完成したアイドルを見るのではなく、デビュー前
からみんなでアイドルをつくるという発想が
ウケたのです。
そして「モーニング娘。」人気がダウンする中
人気をあげて行ったのが、AKB48です。
モーニング娘。の「みんなでつくりあげる」
「メンバーが変わってもグループは存続」などの
性質をさらに高め、握手、選挙といった議員
のような活動をしてファンとの距離を近づけて
2010年にブレークを果たします。
一方男性アイドルでは1999年デビューした
「嵐」が2007年にブレークし、ジャニーズの
地位を不動のものとしました。
アニメとは違い「いつ」とはっきり断定は
できませんが、男性は1987年、女性は
1998年頃というのが私の見立てです。